研究領域の現状 173
片 英 樹(助教) (2004 年 10 月 16 日着任)
A -1) 専門領域:物理化学
A -2) 研究課題:
a) フラーレン類の放射光による解離性光イオン化機構の画像観測法による解明 b) カーボンナノチューブ(C NT )の気相分光
c) C NT の色素増感太陽電池(DSSC )への応用
A -3) 研究活動の概略と主な成果
a) 気相におけるフラーレン類(C60,C70)の放射光による解離性イオン化の機構を明らかにするため,生成した解離フ ラグメントイオンC60(70)–2nz+(n ≥ 1 ; z = 1–3)の散乱速度分布の画像観測を行う装置を開発し,これを用いて各フラ グメントの速度分布画像を測定した。この結果から分解反応におけるエネルギー分配やフラグメントの内部温度に関 する知見が得られ,良く知られている段階的 C2放出機構以外の過程が分解反応に寄与している可能性が示唆された。 b) 上記課題において,フラーレン類の解離機構を明らかにするために開発された気相分光技術を,C N T に応用する。 この目的に用いるための,C N T 分子線源および観測用真空装置を設計している。まず設計の指針として,分子研機 器センターの MA L DI 装置を用いて C NT の蒸発に適した方法・条件を明らかにするための予備実験を行った。また, 本研究の試料として適した,市販の C N T 分散液を選択するため,装置開発室の A F M を利用して各種試料の状態を 観察した。その結果,A F M 像から得られた各試料の C NT の長さが,気相での実験には長すぎることがわかったため, C N T の長さを制御する方法の検討を始めた。長さの制御された C N T の気相分光が実施できれば,C N T の種々の性 質を長さの関数として測定できると考えている。
c) D S S C は安価で環境負荷の少ない発電手法として期待されている。D S S C の高性能化,長寿命化に,上記の C N T の 気相分光の知見を生かす事を試みている。最も重要な性能である光電変換効率を向上させるためには,発電を担う 作用極(負極)の改良に加えて,対極(正極)における,電池セルに流入した電子を電解液に戻す,電荷移動反応 を高速化する事が重要である。従来対極には触媒として白金が用いられていたが,高価であり,劣化が早いため, 改善の方法が模索されていた。炭素は有望な代替物質として期待されており,C N T を用いた例もある。そこで我々 は上記の C N T の気相分光の知見と D S S C の電気化学的な知見を組み合わせて,能率の良い対極を作成する事を試 みている。現在までに,簡単な方法で,白金対極と比較しうる効率を持つ C NT 対極を作成できる事がわかった。一方, 基礎科学的な観点でも,同じ試料を用いて気相分光および電気化学的手法による測定を行う事で,C N T が関与する 電子移動反応についての統一的理解が得られると考えている。
B -10) 競争的資金
科研費若手研究 (B), 「放射光を用いた“ イオン液体” の液体および気体状態での光電子分光」, 片柳英樹 (2005年 –2006年 ). 科研費特定領域研究(公募研究), 「放射光を用いたイオン液体のドメイン構造の検証と磁性イオン液体の構造解析」, 片柳英 樹 (2006年 –2007年 ).
科研費基盤研究 ( C ) , 「フラーレンの光解離で生成する中性フラグメント散乱分布の状態選択的画像観測」, 片柳英樹 (2008年 –2010年 ).
174 研究領域の現状
科研費基盤研究 (C ), 「カーボンナノチューブ分子線源の開発と,これを用いた分光と気相反応機構の解明」, 片柳英樹 (2012 年 –2014年 ).
トヨタ先端技術共同研究 , 「液相法によるZ nO 系薄膜の形成」, 見附孝一郎,片柳英樹 (2012年 ).
C ) 研究活動の課題と展望
( a) については,当初目的としていた結果を得るための実験は2013年の早期に終了し,装置を U V SOR から引き上げて,現 在はデータ解析および論文の作成を行っている。この手法自体は他の分子等にも有効に活用できるものの,現在の装置は試 作品であるため,今後は,これを改善した小型軽量で移動及び設置調整が容易な観測用真空装置を製作し,ビームライン のユーザー利用等でも手軽にこの手法を実施できるようにする。これは ( b) の装置と兼用する。( b) については,C N T の気相 分光を行うための真空装置を早期に作成し,U V S OR を利用して,まず気相 C N T からの信号を得る事を目指す。初期には C N T のイオン収量の測定が行いやすいと考えられる。( c) については今のところ試験的な実験を行ったのみであるため,今 後系統的に対極を作成し,まず対極のみで電気化学的性質を測定し,これを気相分光の結果と比較して議論する事を目指す。 その後電池セル全体の作成を試みる。以上のように,分子研での研究で成果を上げる試みに加えて,転出を前提とし,異動 後の研究活動に円滑につながる事を意図して研究計画を工夫することが重要であると認識している。